美術デザイナーになるために 〜 僕の履歴書 1

ナラの樹代表今井伴也の半生を振り返る「美術デザイナーになるために~僕の履歴書」。

今井がどのような経験を経て美術デザイナーになったか、また今井の歩んできた道中にあったエピソードをお伝えすることで、現在美術デザイナーを目指しているがどうしたら良いかわからないと悩んでいる方々にとって、僅かでもヒントになればと願う。

連載の第一回は、現在まで今井が歩んできた道のりの大まかな全体像をお伝えしよう。

 

クリエイターを志した高校時代を送り、卒業後、単身アメリカ、ロサンジェルスへ留学する。それまで、英語は学校の授業で勉強する程度だったので、留学後2~3ヶ月は英語がわからなかったが、教科書を読み込むことに集中する。読み込んだ所を先生が話すと、「教科書で読んだ所だ」とわかり、徐々に英語に慣れていく。2年間の学生生活では、現地のクラスメートに「ノートを見せてほしい」と頼み込まれるレベルまで英語が上達する。

短期大学卒業後、ロサンジェルスにてミュージックビデオなどの製作助手として活動。学生時代から通算しアメリカで3年半生活し、22歳で帰国。

帰国後、23歳で上京し、グラフィックデザイン会社にて勤務する。雑誌のレイアウト、企業の名刺作成、ポスターやレストランのメニュー表、店舗の看板などの作成を担当する。

グラフィックデザイン会社を1年弱勤めた後、現在の活躍フィールドである映像分野の師匠と出会う。下積みの傍ら、タイにて半年間、映画「A Moment in June(関連記事:タイアカデミー賞を受賞-映画『A Moment in June』」の製作に携わり、同作でタイアカデミー賞の美術賞を受賞。

25歳時、独立するためナラデザインを設立。独立後は約7年間順調に仕事をこなすも、32歳時、「違う環境でもっと勉強がしたい」という思いからナラデザインを解散し、再びアメリカ、ロサンジェルスへ渡り約1年後、帰国。(詳細記事:海外での仕事

帰国後、「海外に出て日本の映像業界を改めて客観的に見ることができた。日本とハリウッドの違いは、システムの違いであってクリエイターのスキルのレベルの違いではない。つまり日本の映像業界はポテンシャルがすごくあるから、もっとよくできるところもたくさんある」という気持ちからナラの樹を立ち上げ、「映像業界を開かれたものにしよう」という信念の元、現在も精力的に映像製作に携わっている。

今まで携わった映像作品総数は国内外で1000本以上。

語学力と海外での経験を持ちながら、3DCGソフトなどIT技術も日々取り入れている。


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