氷のお話~腕の値段~

あなたがもし、美術を日々の糧に生きていこうと考えていたとして、次のように問われたなら、あなたはどう答えるだろうか。

「もしスターウォーズの美術製作に携われるとしたならば、例えボランティアでもいきますか?」

「スターウォーズ」の部分は、あなたが大好きな作品ならなんでも当てはまるだろう。

あるいは美術に限らず、音楽でもいいだろう。

「尊敬しているアーティストのライブツアーのバックバンドとして携われるとしたならば、ボランティアでもいきますか?」

今井はこの問いに対して、「Noと言いなさい」と断言する。

なぜか。

答えは至極シンプルである。

「ギャラが出ないから」だ。

今井からこの話を聞いたのは、筆者が「ATSUSHI PV~こだわりは細部に宿る~」のインタビューをしていた時だった。

きっかけは、ATSUSHIが手に取るグラスの話の流れで、グラスに入れる氷について言及した時だ。

「グラスにあれだけこだわったのだから、本当は氷にもこだわりたかったんです。きちんと製氷をしている業者に頼んで作ってもらった氷を使いたかったのですが、費用対効果の問題で結局はコンビニで買ってきた氷を使いました」

今井の言う費用対効果というのは、決して「安く仕上げよう」ということではない。

氷一つを調達するにしても人が動く。

動けば動いただけ、その時間において人は拘束される。

今回のケースで言えば、動いた分のギャラが発生しなかったため、氷に手間がかけらなかったのだ。

現在の日本の映像業界では、PVやCMなど、「1本いくら」で仕事を請ける人がほとんどだと言う。

ただ一人、今井を除いて。

では今井はどうか。

「私は『1本いくら』ではなく『1日いくら』で仕事を請けています。『1本いくら』で請けてしまうと、お金が出ないことまでやろうとしたり、実際にやってしまいます。私はそうではなくギャラにシビアでいたいんです。ギャラに見合った仕事がしたいからです」

日本の映像業界では通常、PVやCM製作の大元となるプロダクションが美術会社に予算を渡し、その予算を美術会社が関係者に分配する。

かくいう今井もかつてはこの制度に倣って仕事を請けていた。

しかし、いつからかこの慣習に疑問を感じるようになっていた。

「以前やっていたナラデザイン時代は、私もいわゆる『普通』のお金の流れで仕事を請けていました。仮に500万円予算があったとして、なんとかうまくやりくりして480万円で抑えたら20万円は利益になります」

「ただ」と、今井は言葉を続ける。

「この考え方でやっていると、自分のさじ加減一つで儲けようと思えばいくらでも儲けられるわけです。自分のスキルよりも人付き合いやそれまで築いてきた関係性で自動的に仕事がくるようになっていて、そこに疑問を感じました。そういった環境よりもスキルで勝負したいと思い、ナラデザインを畳んでLAに渡りました。2014年のことです」

今井はその昔、LAへ留学し、現地の短大卒業後しばらくLAで活動していたこともあって、再度の渡米に抵抗は全くなかった。

今井によると、アメリカでも10年ほど前までは日本と同じ予算経路で業界が動いていたのだが、様々な問題が起こり、今では製作の大元となるプロダクションが予算を全て管理しているそうだ。

また、アメリカでは人付き合いよりもスキルで勝負する土壌があり、どんなに経験を積んだデザイナーでも、作品に携わりたければコンペを勝ち抜かなければならない。

逆の観点から見れば、経験のないデザイナーであってもスキルさえあれば、どんな作品にもかかわることのできるチャンスがあるのだ。

日本とアメリカ、どちらがフェアか、明らかだろう。

もちろん日本のシステムにも良い所はあり、入る間口が狭い分、一度中に入ってしまえば、顔が売れるだけで特別な営業をしなくても仕事が回ってくる。

人によってはそちらのほうが仕事がしやすいという考えかたもあるだろう。

いわずもがなここは日本で、いくら理想がどうあるべきだと声を上げても、現実は現実として純然としてある。

アメリカから帰国後、「1日いくら」という自身のギャラ設定をしたことで、仕事が減ったのもまた事実だ。

確かに仕事は減っているが、それでも自分の価値を認めてくれる人と仕事がしたい。

「アメリカの美術業界にいる人間はほぼ100%フリーランスです。会社組織に属している人はいません。みんなフリーランスなので、各々が『レート』といういわば自分の値段を持っています。

ある時ある人からもらった今でも胸に残っている言葉があります。『トモヤ、まずは自分のレートを決めるんだ。いくらにするかは君が自由に決めるといい。だけど、自分で決めたレートは一度として下げちゃいけない』。

もし日本がアメリカと同じように全てコンペになったとしたら、私はそこで誰にも負けない自信があります」

おかしいと感じることをおかしいままにしておくことは、今井の価値観にはない。

理想を実現できなくとも、抗うことは、できる。

そのために、「1日いくら」で仕事を請けているのが自分一人しかいなくても、信念に従って、あえて一人を貫く。

 


あわせて読みたい